何度でも来たいと思える、地域に根付いた老舗タイ料理店
皆さん、はじめまして。東京都下在住のライター、黒田侑(くろだ ゆう)と申します。昔から食べることも作ることも大好きで、友達と珍しい外国料理を食べてまわったり、イタリアンレストランのキッチンで働いたりしてきました。
今回は、そんな私が海外出身の飲食店オーナー様にお話を伺ってきました。日本で勤めるその方々の想いを知ることで、いっそうお料理やお酒がおいしく感じられるはずです。
小田急線町田駅から徒歩2分と駅近。さまざまな店舗の立ち並ぶ、雑多な路地にそのお店はあります。木彫りのサワディー人形が印象的なこちらのお店は「マイペンライ2号店」、タイ料理のお店です。ちなみに、「マイペンライ1号店」までは2号店から徒歩2分と、そう離れていません。
1998年、町田の地で1号店はオープンしました。生まれも育ちもタイのManさんが、当時町田にタイ料理店がないことに驚き、「ぜひ本場のタイ料理を食べてほしい!」という思いで始められました。あっという間に評判を呼び、2号店がオープンしたのは2014年。24年間もここでタイ料理店を続けているのです。
お話を伺った方/Manさん
Manさんは1989年に日本で学ぶべく学生として来日し、日本語学校などを経て就職。はじめは、飲食とまったく関係のないお仕事に就いていました。その後、3ヵ月後に退去が決まっていた有名タイ料理店で、それと知らされずオーナーの仕事を任されることに。騙されるような形でオーナーを務めてみると、なんと潰れそうだったお店がみるみる繁盛。土日には行列ができるほどになったそうです。ですが、どんなに評判が良くても3ヵ月後にはあえなく閉店……。そこで、周囲からの勧めもあり、自分でタイ料理のお店を開こうと決意したのです。
今回は、この町田で「どこにも負けないタイ料理を提供したい」というManさんにお話を伺ってきました。お名前は、迷惑な営業などを防止するため、Manさんの意向で仮名とさせていただいています。
―どうして、この町田の地でお店をやろうと思ったんですか?
もともと、町田には住んだことがありました。それで縁を感じていて、予算や立地の都合もとてもよかったのでここを選んだんです。でも、それ以上にもっと大きな理由は「町田にはタイ料理屋がなかった」ということ。驚きました。24年前、相模大野にも南林間にもタイ料理屋さんはあったのに、こんなに大きくて人の動きも盛んな町田にはない。「ええ!町田の人たちはタイ料理を食べられないの?!」と、信じられない思いでした。そして、ないなら作ろうと思ったんです。
このお店の名前は、タイ人に話すと皆笑います。「マイペンライ」というのは、タイ語で「大丈夫」の意味。お店を始めると伝えたときも、周りには何度も「大丈夫?」と言われました。でも「マイペンライ」の通り……もう20年以上もお店をやってこられたのです。
今となっては、町田にも他のタイ料理店が増えてきました。あまり近くにあると、そうとは望んでなくてもファイティングになってしまう。お客さんの取り合いにならないように、できればそれは避けたいと思っているんですが、そこはなかなか難しいですね。
―お店をやるうえでの、こだわりのポイントを教えてください。
それはやっぱり「いいもの」を提供したいという思いです。まずは、この町田の人たちに喜んでほしい。そして、マイペンライを自慢にしてほしい。「町田にはマイペンライがあるよ!」って。
僕が目指しているのはとにかく、典型的なタイ料理らしさ。自分が育ってきたタイの、見てきたもの、食べてきたものをそのまま出せるように。だから、お店の内装も見てきたものをそのまま再現できるように考えています。
お金を出せばお店はいくらでも豪華にできるけれど、やっぱりそうじゃない。都内には資金のあるもっと大きくて立派なお店もあるけれど、大切なのはハード面じゃなくて、ソフト面。お店の外側がキラキラしていても、中身が伴っていないとお客さんはすぐに来てくれなくなってしまう。だからこそ、料理の味ももちろんだけれど、サービスを大事にしていきたいですね。
―お店をやっていくうえで、特に苦労されたことはありますか?
経営者というのは、どうしてもいろいろなことに気づきすぎてしまいます。だからこそ、従業員に指摘しすぎてしまって、相手が「褒めてもらえない」「注意されてばっかり」と思ってしまう……それで人間関係がギスギスするっていう、悪循環。そこが難しい、苦労するところだなということに気づきました。でも、どうしても見えすぎてしまうんです。そして、そこを直した方が絶対いい店になる。だからこそ、伝え方を工夫するということを学びました。それが、最近改善していきたいと思った点でもありますね。
―お店をこれからどうしていきたいか、ぜひ教えてください!
皆に応えられるようなお店にしていきたいです。町田にここしかないから来なきゃいけない、というのではなく、ここに行きたいと思ってもらえるように。というより、たとえタイ料理店がここにしかなくたって、良くなければお客さんには選んでもらえません。すすんで来たいと思えるような、喜んでもらえるようなお店にしていきたいです。
料理の紹介
マイペンライのお料理は、Manさんが当時一般のタイ料理店が出しているものを参考にし、メニューを作りました。タイで食べてきたものをそのまま再現したり、現在は日本人にとってディープで珍しいものも出したりと、大変工夫されています。キッチンを担当しているのもタイ人のシェフ、スタッフさんもタイの方がほとんどで、店内では軽快にタイ語での会話が交わされます。オーダー後、キッチンにほど近い座席で待っていると、すぐにいい香りが漂ってきました。
香ばしい香りに、レモングラスのさわやかさが混ざる……現地を思い起こさせるマイペンライのお料理をご紹介します。
シンハーとオースワン
まずは、タイのビールであるシンハー。瓶ビールは昔からありましたが、生ビールが日本で売られ始めたのは2018年とごく最近です。すぐにコロナ禍になってしまったので、そこまで浸透しきっていないかもしれないとManさんは話していました。シンハーは酸味があり、食欲をそそります。1号店では樽生ビールを提供しているとのことで、今回は1号店の方から特別にジョッキで届けてもらいました。
食欲をそそるビールで喉を潤して、最初に頼んだのは「オースワン」という牡蠣の卵炒めです。中華系のタイ料理とのことで、この料理が有名なお店に勤めていた方からレシピを受け継いだそう。一口食べた瞬間にとろとろのたまごに牡蠣の旨味が凝縮されているのがわかります。油にまで、旨味がじゅわっとあふれています。そこにシャキシャキの青ネギと、香ばしいにおいの元である揚げにんにくがたっぷり。ビールとの相性は抜群です。
添えられているのは、味を変えるためのチリソース。ケチャップのようなコクと酸味があり、また目先が変わって食が進みます。ソースをつけるとすっきりした後味になりますよ。
ちなみにオースワンはとろとろのたまごのバージョンと、パリパリのたまごのバージョンがあるのだそう。ただ、タイの屋台であまり取り扱っていないので、牡蠣は知らないタイ人もいるかもしれないとのことでした。
カオパットムヤムクン
こちらは、エビ入りのトムヤムチャーハンです。目玉焼きが乗っていて、なんとも豪華。チャーハンからエビのしっぽが覗いているのもわくわくします。目玉焼きがとてもいい焼き具合なので、黄身を少しだけつぶしてとろっとさせていただきます。
マッシュルームが丸ごとごろごろ入っていて、しかもジューシー。適度な辛さと酸味、そしてレモングラスのさわやかな香りが鼻に抜けていきます。トムヤムの味わいが濃厚で、ぱらりとしたタイ米にマッチしていました。一口噛むごとにエビの旨味が感じられ、エビそのものもチャーハンから幾度も姿を現します。黄身が絡んだチャーハンの味わいも、まろやかさが増してとても美味でした。スパイス、そしてナンプラーのどれもが口の中で混ざり合い、味わいも豊かでいくら食べても飽きがきません。濃い味つけなのですっきりしたビールに本当によく合いますよ。
このチャーハンはなんと、過去に8回連続で頼んだお客さんがいるという逸品。初日は昼と夜に訪れ、そのお客さんはその後も連日訪れて同じメニューを注文したそうです。お店もそのうちに、その人が来るかどうか話題にして盛り上がったほど。思わず笑顔になってしまうエピソードですが、何日も連続で食べたくなる気持ちがわかる、クセになる味のチャーハンでした。
お冷のアルミカップも、オリエンタルなエンボス加工が施されていてとても可愛いです。
お客さんが同じメニューをリピートしてくれたり、ハガキで熱烈な感想が届いたり……マイペンライのお料理にはエピソードが満載。そのどれもを気さくに話してくれるManさんのお人柄も窺えます。長く市民に愛されるこだわりと、タイ料理「らしさ」を追求したおいしさがそこにはありました。
エスニックな情緒あふれる店内に、テーブル同士を隔てる美しいタイシルクのカーテン。昼間は明るく、日が暮れると少しミステリアスな雰囲気になる「マイペンライ」。飲食店の入れ替わりの激しい町田で、この街の歴史とともに積み上げられた自慢のタイ料理がここでは味わえます。サワディー人形にあいさつをしたら、ぜひ階段を上がってタイの雰囲気と本格的な味わいに酔いしれてみてください。