元音楽教師が料理の腕をふるう、立川で10年愛されてきた本格タイ料理店
皆さんはじめまして。取材ライターの吉山良太です。 生れは東京都の福生市。米軍基地があり、外国人の人口割合が高い場所です。そんな環境で育ったせいか、昔から海外への憧れが強くて。ここでは外国人の方にいろいろな経験談を伺えるとあって、浮き立つ思いで取材に臨んできました。
今回ご紹介するのは、立川駅から徒歩4分、知る人ぞ知る名店「タイ・アヨタヤ・立川本店」です。
高島屋やシネマシティビルが立ち並ぶ、立川駅北口の交差点。そこに延びるひっそりとした小道を行くと、まるで秘密基地のように賑やかな装いのお店に出会います。扉を開けるとそこには、仕事の疲れを癒してくれる、とっておきのリゾート空間が広がっていました。
お話を伺った方/サイウェウ・ペンサワット(トゥン)さん、土屋知子さん
トゥンさんご夫婦が初めてお店をオープンしたのは2013年のこと。立川南口の「タイ・アヨタ ヤ・レストラン」です。開店以来ずっと親しまれてきたタイ料理店。それが今年、「タイ・アヨ タヤ・立川本店」として北口に移転オープンしました。
―どういった経緯で日本に来られたのですか?
トゥンさん:実は私は、もともと音楽教師だったんです。タイの音大を卒業して、大学院に通いながら小学校で音楽を教えていました。 来日したのは、日本が経済的に豊かだからです。タイの公務員は日本と違って給料がすごく安い。ひと月に3万円ももらえてなかったんじゃないかな。当時は「日本にくれば給料が3倍とれる」と言われていたから、私と同じように日本に憧れを持つ人は、たくさんいましたよ。
―音楽の先生ですか。そこからタイ料理店を経営されているのは、すごい方向転換ですね。
知子さん:彼(トゥンさん)は小さい頃から、タイ料理の屋台をやっていたお父さんを手伝っていたんです。タイの家庭は、どこか昭和っぽいというか、親を手伝うのはよくあることで。食材を調達するのだって、市場まで買いに行って自分で捌かないといけないから、子供の手も借りたいんですね。だから彼、もともと料理がすごく上手だったんです。
―料理の道へ方向転換したのは、どんなきっかけだったのでしょう か?
トゥンさん:日本に来てからすぐ、銀座の有名なタイ料理店で働きました。そこで驚いたのは、なんといっても給料の高さです。それに当時はタイ料理が結構流行っていたから、「自分で店をやったらもっと稼ぎが増えるぞ」という気持ちになって。それまでは、自分が料理を仕事にするとは、まったく思っていなかったです(笑)
知子さん:彼と一緒に日本で暮らすつもりだったんですけど、英語ならまだしも、タイ語を活かした仕事ってあまりなかったんです。それで料理に方向転換したのもあるかな。お店を出したのは、せっかくだったら自分たちの力でやっていくほうが、実りのある人生になるかな、っていう気持ちがあって。
―お二人にとって、タイ料理店をやる楽しみは何でしょうか?
トゥンさん:タイに出張経験のあるお客さんが、うちに来てタイを懐かしんでくれたり、タイ語で話しかけてくれるお客さんがいたり。もちろんタイに馴染みのないお客さんも。ここにいると、いろんな人が会いに来てくれるんです。自分のことやお店のことを慕って来てもらえるのは、とても嬉しい。ここがお客さん達の居場所になっていると思うと、やりがいがあります。
知子さん:ゴールデンウイークに来てくれた常連さんに、「どこか旅行に行かないの?」って聞いたら「来ているじゃないの、タイに」って言ってくれたんです。私としても、お客さんにタイ気分を味わってもらいたいっていう気持ちがあるから、ここで(タイ気分を)感じてもらえるのは、とても嬉しいです。
料理の紹介
タイ・アヨタヤ・レストランの時代から、立川で10年近く親しまれてきたのも、人を惹きつける味があってこそ。今回はおすすめの料理を頂いてきました。
ガイヤーン
丸鶏の半分を贅沢にタレに漬け込み、こんがりと焼いた一品。料理が運ばれてくると、そのボリューム感もさることながら、気持ち良く焼き色のついたお肉に食欲がそそられます。鶏皮には厚みがあって、タレの味がしっかり染み込んでいます。一口食べると鶏皮のジューシーな甘さが口のなかに広がって最高の味わいです。柔らかいお肉がたっぷりと詰まっていて、噛んでいるうちに自然と微笑みがこぼれてしまう。 甘酸っぱいタマリンドソースや、甘辛のチリソースにつけて頂くと、風味の変化を楽しめますよ。
ソムタム・タイ
青パパイヤやニンジン、ミニトマト、ピーナッツをナンプラーソースで和えたサラダです。ナンプラーソースは日本でいう醬油のような存在。お店ではそこに、ココナッツシュガー、レモン、 唐辛子を加えて、日本人の舌に寄り添う味わいを生み出しています。自然な甘味と、柔らかな酸味、唐辛子のピリッとした辛さが絶妙なバランス。シャキシャキとした噛み応えのある食感を楽しみながら、ビールを飲むのが最高です。
ラープ・ムー
豚ひき肉の炒め物です。口に入れると、レモン果汁が効いた甘酸っぱいタレの風味が広がり、後からピリッとした辛さがやってきます。香りがさっぱりとしているのは、自家製の新鮮なハーブ類が使われているためです。そして、豚の背中の皮はもちもちと弾力があって、その食感にやみつきになる。 僕はラープ・ムーを、もち米と一緒に頂きました。お店で使っているジャスミン米は粘り気があり、艶やかで香ばしい。ラープ・ムーとの相性は抜群です。
ビール
タイビールの取り揃えがしっかりとあるのも嬉しいですね。そのなかでも代表的な三種を写真に収めてきました。左から、シンハー・チャン・リオです。 僕はシンハービールを飲んでみました。クセや苦みの少ない爽やかな香り。味わいもすっきりとしていて、とても飲みやすかったです。
ウィスキー・リキュール
おすすめのお酒を飲み比べさせていただきました。左から順に、ネプモイ・メコン・セイソムです。
ネプモイ(ウォッカ):ベトナムのお米を使ったウォッカです。アルコール度数が40%と高い。原材料はお米ですが、飲んでみるとナッツのような甘い香りがします。そして香りと共に 、がつんとアルコールが鼻を刺激してくれる。お酒好きは虜にされてしまいそうです。
メコンウィスキー(ラム酒):タイではスピリッツ=ウィスキーという認識が強いため「ウィスキー」と冠されていますが、実際にはラム酒に近いようです。ハーブとバニラの混ざったような甘い香りが心地良い。香りを吸い込んだそばから、口に運びたくなります。
セイソムウィスキー(ラム酒):こちらもラム酒です。飲んでみると、スパイスとハーブの刺激的な香りの裏に、メープルシロップのような甘い香りが広がっていくのがわかります。少しずつ、香りを楽しみながら飲みたいお酒です。
―さいごに、お客さんに伝えたいことはありますか?
トゥンさん、知子さん:タイ料理を出すお店はいろいろあると思いますけど、ただの料理店ではなく、タイを感じてもらえるお店でありたいなと思っています。お店にきたら、タイ語を話してもらってもいいし、タイ についてのいろんなお話を楽しんでもらいたい。タイに行った方にとっても、まだの方にとっても、タイという魅力ある国への架け橋になるようなお店でありたいです。
あとがき
食事をしていると、知子さんとウェイターの緑川さんの会話が聞こえてきます。お若い緑川さんの話を親身になって聞いている知子さん。お仕事の合間を縫って、僕の様子も見に来てくださっていました。 「何か必要なものはありますか?」「どうしてライターになりたいと思ったの?」ついつい僕も、私事の相談まで聞いてもらっちゃいました。親切でお世話好きな知子さんです。
そして、トゥンさんもとてもお話好きな方でした。なにより、「10年お店をやってこられたのは、やっぱりこの味があったからだよ」とおっしゃるトゥンさんの料理は、本物の味です。
タイの話で盛り上がりながら、美味しいタイ料理に舌鼓を打つ。まるで南国を訪れたようなゆったりとした時間を、ぜひ一度、肌で感じてみてください。